志願理由書と小論文を書いて推薦・AO入試に受かろう

小論文頻出テーマ「個性を尊重することの意義」を考えるヒント

現代は、「個の時代」とか「個性の時代」とか言われています。この個性とは、どういうことでしょう? 一人一人の顔が違うように、一人一人得意なこと、苦手なことがありますね。内面的な性格においても同じ事が言えます。個性というのは、誰もが生まれながらに持っているものです。しかし、ありのままの自分の個性が他人の目にどう映っているのか、また受け入れられているのか、そんなことを考えながら、人の目を気にしながら生きてきたのが日本人だったのかもしれません。

その結果、他の人と同じようにできなければ、また考えなければ安心できなかったり、不安だったりして、自分の意志を伝えることさえできない人がたくさんいるのだと思います。ただ、日本社会は協調性を尊び、他人と同一化することで人間関係を円滑に保つという心理が深く浸透しており、集団社会のルールや道徳観、善悪の判断は、このような規律と統制があるからこそ守られているともいえます。

マイナス点では、失敗を恐れたり他人の目を気にしたりすることにもなるでしょうが、プラスの面では人間関係が円滑に進みます。そのようなプラスの面も考慮しながら、日本人の根底にある心理について、国民性や歴史的背景、道徳理念や生活環境などから、分析を進めてみましょう。

そうすると、ただ単に日本人社会のあり方を否定するだけではなく、日本人社会に受け入れられるような個性尊重のあり方について、自分なりの見解を見つけ出せるのではないでしょうか。高水準の日本の学校教育において規律や統制を守りながら、「私」という存在を自覚し「個性」を尊重していくためには、どのような意識を持つべきなのかを、深く考察しましょう。

最近では、個性の尊重が叫ばれていますが、個性の尊重ということを改めて考えてみると、その個性ということ自体の考え方、捉え方が人それぞれだということに気づかされます。本来、個性とは、自分をよく見せようと努力して周囲にアピールするものではなく、ありのままの自分を見つめ、自分自身で認めることから始まるものだと思います。

決して作られたものではありません。言ってみれば、その人の内面からにじみ出てくるものだと思います。相手のどこが個性なのか、どこまでを認めてあげればいいのか、それは人それぞれの感性に任されているといえます。

ここで個性を尊重することに対しての問題点もあることを考えて欲しいと思います。個性を誤った認識で捉えれば、社会に悪影響を及ぼす可能性があると思いますが、あなた「個性を発揮すること」と「集団生活のルールを守ること」のバランスはどうあるべきだと考えますか?

自己中心的な行動を個性だと捉えてしまうと、集団生活をおくるうえで、さまざまな問題がでてきますね。そこで、自己中心的な行動と個性との相違点について考えてみることで、その答えが見えてくるかもしれませんね。そこには、やはり人間としての最低限度のモラルが必要ですし、それは、子供の頃からの育った環境や親の教育などがとても大切になって来ると思います。

個性が尊重される社会で、一人一人が自分の個性を正しく理解し、周囲にこれが自分の個性だと認めてもらうための努力も必要だと思います。

個性という言葉はいろいろな捉え方がありますから、何が普通で何がそうではないのかは、自分がまず今いる場所から、ちょっと離れたところで自分や自分を取り巻く環境を眺めてみると、今まで気づかなかったことが見えてきたりします。

視点を変えるということは、とても大切なことですね。規律や統制を守ることは、社会生活を送る上では大切なことですし、決して格好悪いことではないですよ。ただ、自分が理不尽だと感じた時には、自分の意見をしっかり発言できる人でいて欲しいと思います。

自分の個性は、まず自分が磨いていかなくてはいけませんからね。

志願理由書